人生日記劇場

セミリタイアを目指したいが、今すぐ無職にもなりたい20代後半男性の日記

思い出を消費して生きていこう

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今更ながらひぐらしのなく頃に業を見始めた。ニコニコで見ているがコメントが半分同窓会状態、ほどよくモダンさが混ざっている。
ひぐらしって今こんなことになってんのか…絵が柔らかくて最近っぽい…声全然変わってない…すごい…
無印を見ていたころは中学生だった。自動的に当時を思い出す。ニコニコ動画に入り浸っていた、いわゆる全盛期だった。ニコニコに限らず掲示板やらネトゲやらインターネット全般に入り浸っていた。学校をサボって一日中ネットするのは格別だった。楽しかったナ…
4話を見終わったところで追いノスタルジーするために、グーグルマップのストリートビューで当時住んでた場所周辺を歩き回ってしまった。流行りのバーチャル帰省である。場所ではなく当時に帰っているので魂の帰省と呼びたい。

それから1X年経過した現在、毎日を正常に生きるために定期的にそのころの思い出を使っている。当時のみずみずしい感覚を思い起こさせるためにアニメやらを見ているふしさえある。だけど使いすぎるとその感覚は薄くなっていくように感じる。思い出の弾丸を消費していき、最後にはなんのノスタルジーも感じなくなってしまうのだろうか。それは恐ろしいことだと思う。それが数少ない人生の楽しみの一つだと思うから。

10年後も中学生当時の思い出を消費するか?20年後に20代の思い出を消費することはあるだろうか?私はまた弾を込めることができるのだろうか?それはわからない。薄っぺらい経験から一つだけ言えるのは、意識的に生き方に変化を加えないと思い出はできないということだ。のっぺりとした変化に乏しい日常ではあとから使えるような思い出にならない。その「のっぺりした日常」自体が思い出になるかもしれないが、それが機能するのは、「のっぺりした日常」でなくなったあとだ。

私がそういう思い出やノスタルジーを記憶から引っぱり上げるとき、音楽と季節の匂いがフックになることが多い。当時聞いていた音楽を聞いたり、季節の匂いを嗅ぐと自動的に脳裏に景色が浮かび、感覚(クオリア?)がやってくる。視覚より聴覚とか嗅覚がまずやってくるのは面白いなと思う。普段視覚優位だからかもしれない。

それはそれとしてひぐらし業リメイクじゃなくて完全新作なんですね。
ほどよく内容を忘れているけど事情が大体わかった状態で見ていくのはドキドキする。

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