人生日記劇場

セミリタイアを目指したいが、今すぐ無職にもなりたい20代後半男性の日記

セミリタイアは強者の理屈か?

f:id:nakagawa_00:20210922203042p:plain

朝スマートニュースのアプリを開くと楽天ポイントが1ポイントもらえることは楽天経済圏の人間にとっては広く知られた事実である。私もこの1ポイントを拾うのを日課(オシャレに言うとモーニングルーティン)にしている。ニュース自体はほとんど見ないのだが、先日FIRE(Financial Independance Retire Early : 経済的自立と早期退職)の記事がトップに出ていた。トップに出るくらい関心の高いトピックになってるんか…と驚いた。以前そういうの読んだから出ただけかな?自分が関心を持っていることは他人も関心があると勘違いしそうになる。

そういう記事に紹介される人間は、何の取り柄もない自分にもできたんだからみなさんもできますよ、みたいなトーンで話したりしている。これって、東大生が「自分は普通の家庭で育ちました」などと言っているのと根が同じなんじゃないだろうか?(偏見に満ちた例ですが)
「それはあなたが置かれている環境によるところが大きいんですよ」ということである。自分もセミリタイアワナビなので言わんとしていることはわかる。もともと資産があるとかでなければ節約して投資するを続けることが基本なので、誰でもできます再現性ありますみたいに思ってしまうのはいたしかたない。懸念しているのはこれが自己責任論に比較的容易につながってしまうんじゃないかである。「ン十年働いてて資産が(ほとんど)ないのはおかしい。」みたいな。

セミリタイアを達成した人間は数年から十数年その目標に向かい続けてきている。一つの目標に向かい続けることができる人間というのは結構限られている。得てして社会的強者となりやすいが、セミリタイアを達成した人間も社会的地位は違えど同じようなマインドになるのではないだろうか?この辺からはほぼイメージだけで書くけど、「人は思っているより違う」ということを意識しない人間は、自分を基準に他人の行動を測りがちである。そのような人間で、かつ努力できる人間は、他人も同じだけ努力ができると考える。次に来るのは「なんでこいつは努力しないんだ、怠けているのか」といういらだちであり、「怠けているから悪いんだろ」という自己責任がやってくる。セミリタイアというのは努力ができる強い人の理屈なんじゃないだろうか?

最近は遺伝子と環境が個人に甚大な影響を及ぼし、それを覆すことは非常に難しいという認識が人口に膾炙している。その結果、銀のスプーンを咥えて生まれてきたわけでもない限り、社会に対し悲観的、諦観的な立場で生きていくことになる。そんな世の中で天から降りてきた一筋の蜘蛛の糸たるセミリタイア(的な生き方)である。再現性のある方法でそれを望めば誰でもできる。しかしそのためのセミリタイアの素質みたいな一見すると完全に後天的なものが、「氏と育ち」議論の次なるターゲットになるかもしれない…なったらすごい皮肉ですね。

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりぼっち日記へ
 

Copyright (C)2021 diarytheatre All Rights Reserved.