人生日記劇場

セミリタイアを目指したいが、今すぐ無職にもなりたい20代後半男性の日記

生きてるだけで素晴らしいなんてことあるのだろうか

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君は生きているだけでいいんだよ…
朝起きるだけでえらいんだよ…
みたいなやつを見かけるとき、本当にそう思ってる?と思ってしまう。別に「目標を持ってがんばらない人生に価値はないんだぞ!」と真剣に思っているわけではない。まあいつもの逆張り思考なだけなんだけど。

そもその主張自体が生きてるだけではダメだという前提を内包している。生きてるだけではダメでがんばらないといけないんだぞ👿といった社会圧へのカウンターなのだと思うけれど、その主張が行き着く先はどこなのだろうと考えてしまう。いや、その主張がどこかに行き着くことはなくて、つかの間の逃避と、同じような社会圧を感じ取る人々との連帯感を得ることが目的なのではないだろうか。かわいいキャラクターがえらいねーよしよしと言ってくれることはたとえ一瞬であってもやすらぎを得ることができる。特に心が弱っているときには。そういうモノが人気だと知ることで辛いのは自分だけではないのだという安心感をも得ることができる。これは社会で生きるのに必要なことだ。

私がそれをよしとしないのは、それが永遠の繰り返し、浮き沈みの一端に過ぎないと思っているからだ。生きてるだけでいい→がんばろう→がんばれない→生きてるだけでいい…以下繰り返し。その繰り返し構造を認識したとき、非常に大きな徒労感に襲われ、興味をなくす。また同じこと繰り返すんでしょ?もういいじゃん、と。根本からなんとかしようよと。しかし現実的に根本からなんとかできそうにないことを知っている。ここにも繰り返し構造が現れる。この多重の繰り返しから抜け出すことはできないのだ!あばばばばばばば

というわけで、「生きてるだけで素晴らしいんだよ」という主張は繰り返しの牢獄に捉えてくる悪魔のささやきであるために好きくないわけです。

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