人生日記劇場

セミリタイアを目指したいが、今すぐ無職にもなりたい20代後半男性の日記

希死念慮とスポンジのイメージ

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希死念慮について考えるとき、いつもスポンジのイメージが浮かぶ。食器洗いに使うスポンジである。
出したてのスポンジを水を張った水槽にそっと浮かべることを考えてみてほしい。スポンジは水に浮かんでいる。これが死という概念を獲得した直後の状態だと考える。生きていくとストレスを受ける。ストレスという大きな手がスポンジを上から押す。短い時間の小さいストレスならスポンジは水を弾き返す。大きなストレスならスポンジは水を吸い少し沈む。手はスポンジを引き上げ、水からスポンジを離してくれることもある。ときには絞ってくれるかもしれない。これはカウンセリングや休息に相当するだろう。長い時間水から離れていればスポンジから水は抜けていく。生活の端々でこの繰り返しを想像する。

さて、長い時間スポンジを上から押しているとどうなるだろうか。スポンジは水を吸い込んでいく。スポンジが水を吸収しきっていれば手を離してもスポンジは沈んだままである。そのままにすればスポンジが水から出ることは二度とない。それを避けたかったら完全に沈み切る前に水から引き上げなければいけない。
ただし一度水を吸い込んだスポンジは水を吸いやすくなっている。水から引き上げてすぐに水に浮かべれば、少しのストレスで簡単に沈んでしまう。水から十分な時間離し、スポンジから水が抜けるようにしなければいけない。それでも水を吸う前には戻らない。しかし新しいスポンジを買ってくることはできないのだ。

人によってスポンジの大きさは違う。私のスポンジはそれほど大きくなく、既に水を吸い込んでしまっている。いつ沈んでもおかしくないなとひやひやしている。

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