人生日記劇場

セミリタイアを目指したいが、今すぐ無職にもなりたい20代後半男性の日記

シンエヴァンゲリオン見た感想

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いまさらながらシンエヴァンゲリオンを見た。見たいから見たというより義務感で見た感が強い。
手放しに絶賛できるものではないが、面白かった。まあどこに着地させるかではなく、どのように着地させるかが問題だった映画なので、期待以上のものはなかなか出にくいのはいたしかたない。ともかく、(悪い意味でなく)もうエヴァは終わりだねと思った。

シンジ君がブンダーに戻るのも、エヴァに乗ることに決めたのも、なんとなく気持ちがわかる。アヤナミとの交流と喪失で、他者との対話の可能性を見出したのだ。そこで父親と対話しなければならないと脳裏に浮かんだにちがいない。ゲンドウは自分と同じ経験をさせて、自分の側につくことをもくろんだ(?)のかもしれないが、そうはならなったのである。シンジ君を変えさせるのはアヤナミの役割だから、アスカはああいう態度をとるしかなかったのだろう。にしても態度わりーなーと思ったけど。

泣きながらレーションを食べるシーン、そこで消えてしまいたいのに、耐えきれない空腹を癒さざるを得ない生への執着みたいなものを実感したんだと思う。

村での生活の尺が、劇中内でも映画としてもやたら長かったのは、シンジ君の意識の変化するのに必要な時間を十分に描写したかったものと思う。「オタククン、社会ってのはこうやって成り立ってるんだゾ😁」というメッセージと感じてグロテスクだなあとも思ったけど前者の解釈に比重を置くことにした。

後はシンジ君のがんばり物語である。ゲンドウと対面するわけだが、対話を拒んでいたのはゲンドウのほうであると露呈する。息子のほうから歩み寄られないといけなかったのは情けないような気もするが、現実もあんなもんだよなと思った。

アスカも救われた感出てたけど、なんとかならんかったんかと思った。あれだと依存できる他者を見つけたようにしか見えない。理解のある彼くんか?

ミサトさんもカオル君もみんなシンジ君に救われている。結局、シンジ君が変われば事態は好転するということだったのだろうか。自分が変われば周りも変わるというのが製作者が伝えたかったメッセージであり、エヴァンゲリオンの着地点という解釈をとることにしようかな。
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